2005年 葵祭 ・ 祇園祭


葵祭その1。牛も休憩させてあげないと。 その2。まさに御所車です。 その3。正面から撮りたかったのですが。
祇園祭宵々々山その1。四条通です。 その2。かなり高いです。何鉾かなぁ? その3。おそらく函谷鉾だと思います。
その4。蟷螂山にカマキリが乗ったところ。 その4。鉾から四条通を見下ろしてます。 その5。前を市バスが通っています。
その6。左の通路は建物に続いてます。 山鉾巡行その1。姪が撮ってくれました。 その2。皆撮るのに必死!御池通りです。


葵祭 起源は欽明天皇(531年即位)の頃にさかのぼります。その頃、不順な天候が続き
凶作をもたらし、疫病も広まったので、天皇は、上賀茂神社と下鴨神社に皇子を使
わし祭礼を行った結果、天候も平穏になり、疫病も治まりました。平安遷都の際には
賀茂両社は山城国と平安京の守護神として崇敬を集め、弘仁19年(819)嵯峨天
皇は、葵祭を朝廷の公式行事に定めて内親王を賀茂の斎王としました。その後変遷
をたどりながらも、伝統の面影は今日まで伝わっています。
祇園祭 今からおよそ1100年前の貞観11年(869)に、都に疫病の大流行があり、これを
牛頭天王(ごずてんのう)の祟りと信じて、神泉苑(現在の二条城南側)に、日本全国
の国数の鉾66本を立て、その祟りを鎮めるために祇園御陵会を行ったのが始まりと
されています。その後、度々の戦乱に遭い、室町時代後半には中断されそうになりま
したが、町衆に支えられ、創意工夫が重ねられ、年月が経つにつれ豪華絢爛な祭に
発展していきました。



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